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南アフリカ・ジンバブエの日々 海外協力隊

なんで私がこんな目に?シドニーで強盗に遭った話 その1

オーストラリアで語学留学(予定は1年)して半年経ったら一度日本に帰国すると決めていた。

日本に帰国する一週間前、強盗に遭う。


そのあと眠れない日が続き、学校のテストはボロボロ。レポートも未完成。

(事情をわかってくれ後日提出した)

 

「強盗」

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明朝4時。
ふっとタバコの香りがして起きた。

目の前に中東系の男が口元にスカーフを巻いて立っていて

「Pay money(金を出せ)」と言った。
枕が床に落ちていた。彼が枕を引き抜いたのかもしれない。

 

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(ハウスメイトがたまにこの写真の窓から出入りしていて、裏口を閉め忘れて、そこから入ってきたと思う 私の部屋が一番この窓から近かった。)


寝ぼけていた私は、「あれ、翌日インスペクション(部屋を借りたい人に家主が見せてあげる)で見に来る人がいると言ってたけど、もう来たんだ!」なんて思った。

 

 

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とにかく濃い目元。

中東系の若者。スエットにジーンズ。口にバンダナ。

でも明け方だったから眠くて実はあんまり服装の詳細を覚えてない。


男はもう一度「Pay money(金を出せ)」と言った。

 

 私が黙っていると、男は、私の部屋のものを物色し始めた。

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(強いて言うなら、部屋の中ではPCの次はサーフボードが一番高かったかな、2万8千ぐらい笑)

私に布団をかぶせてきたり、軽く頭を叩いたりしてきた。

本当に本当に気持ち悪かった。

 

時間がとてつもなく長く感じた。

どうやってこの場を切り抜けたらいいんだろう、、、

叫んでも朝の4時、隣の部屋のハウスメイトが起きてくれる成功率は低い気がした。


「Sorry. I am a student. I don’t have money.I have to go back to Japan

(ごめんなさい 私が学生で、お金がない。日本に帰らなくちゃいけない)」と

半泣きで何回も言ってみたが、男の様子は変わらなかった。

→今考えると「Sorry」はいらないなー。なんで私が謝るねん。


「マジか?演技じゃなく本当のことなのに。どうしよう。I don’t have much moneyだと、少しは持ってるって意味に取られちゃうよなー はたまたanyか」とか考えていた。

→あとで人に聞いたが、結局そんなんどっちでもいいと笑

 

とにかく逃げたい。

私は結局男に60ドルわたした(4800円、お年玉ぐらいか笑)

(いつも現金を持ってなくて、その日の財布には2ドルしかなかった。たまたまバイト代の現金の一部があった。その日は勉強しようとしてそのまま寝てしまい、カバンを持ったままベッドで寝ていた)
そのあと男は台所を見に行くと言って私の電話を持って行ったので、

私はハウスメイトの部屋に走り込み
「警察に電話して」と頼んだ。警察が来た頃には男はいなかった。

 

男は武器を持ってなかったし、私に怪我は無いし、超大切なMacのパソコンを持って行かれなかった。(パソコン開いて閉じたりされてたけど笑)本当にラッキーだ。
あとから他の日本人から、私より怖い目に遭った人や大金を取られたのことも聞いた。

しかし数日経って、じわじわと悲しみと怒りが込み上げてきて、眠れなくなってしまった。

 

怒り。

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家はとても細長いつくり。

ハウスメイトは

中国人男性とオージー女性とその赤ちゃんとオージー女子大生。

私の隣の部屋で眠っていたのは、

ドアのある週260ドルの部屋に住む80ドルのタバコを吸う19歳のシドニー大学のオージーガール。モデルみたいに可愛いけどちょっと意地悪。バイトはアパレル系でもちろん時給25ドル以上だろう。

6パーツ(腹がめっちゃ割れてるという意味)の頼もしそうな、漫画みたいなかっこいい彼氏がよく来る。

 

それにひきかえ

週150ドルのドアの無いリビングに住む32歳の私。英語ままならない。バイト時給17ドル。その時の彼全然私のことを大切にしない、しょうもない奴。

急に他人と比べ始めた。比べてどうするんだ、私。

最下層が、最下層からお金を巻き上げる。
60ドルの額は関係ない。

惨めさから来るのか、怒りがこみ上げてきた。なんで私がこんな目に?

 

悲しみ。
バッパー(旅人が利用する安宿。6人部屋とか)に泊まってみたりしたけど、

人の動きがいちいち気になって寝れない。
気づけば、左頬が引きつり、固まっている。
そのせいで勉強にも集中できなくなってしまい、学校でも先生の前で泣き出す始末。

強盗にあって最初にBさんに電話したくなった。
なんでかわからないけど、知り合って間も無い彼女に電話したくなったのだ。


事情を話すと、彼女はすぐに「泊まりにおいで!」と言ってくれて、彼女のハウスメイトにも話をつけておいてくれて(私の事情を説明する英語力もすごい!と思った)
私は安心して彼女の横で寝ることができて、彼女の優しさが本当に本当に嬉しかった。

 

大抵の人は事件のことを聞き

「大変だったね(私は遭わなくてよかった、気をつけよう、気をつけられることは)」という声を私にかけたんだけど、

それを言われる度に、当時の私はそれを鬱陶しく感じた。

「怖かった、大変だった」と答えなくてはいけないことに

ウンザリした。

私が、かけて欲しかった言葉は、それではなかった。

 

彼女のすかさず言ってくれた「泊まりにおいで」という優しさが本当に嬉しかった。

だから私も、誰かがピンチの時、かける言葉が見つからなかったら

不安な言葉を投げつけるのではなく、

「家においで」とか、ただ抱きしめてあげようと思う。

これが本質だ。これがわかっただけでも、この事件も捨てたものじゃない。

本当に心が辛い時、本質はくっきりと見える。

 

そのあと、

私に良くしてくれていたハウスメイトの一人が
ちょうど強盗が入った夜の翌日帰省先の中国から帰ってきた。

 

驚いた彼は、
家を離れていろんなところを渡り歩く私を
「今どこにいるの」と心配してくれ、
彼はコーヒーが飲めないのに「コーヒーを飲みに行こう」と誘ってくれたりして、とても優しかった。
建築家の彼とは建築やアニメや音楽の話をたくさんした。

 

事件から4日後、やっとしっかり眠ることができた。

 

後日談:男は結局捕まらなかった。

けど男が入ってきたのが木曜日の夜で

確か水曜、木曜ってオーストラリアのペイデー(給料日)だそう。

私の住んでいた場所で、そう言った事件はとても珍しいみたいだけど

あまりリッチではない人々も住んでいた地域ではあった。

あとカード社会のこの昨今なのに現金求めるあたり、薬物中毒者かなーとの噂も。

 

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今はもうこの事件から1年後。

すっかり大丈夫。

ただ、戸締りだけは、たとえ日本でもしっかりやっている。

しかし日本で、外国人に強盗に入られて同じ状況になったら、、

ということは時々想像してしまう。

 

オーストラリアの警察の事情聴取なんかも体験し、生きた英語の勉強にもなった。

これについてはまた続きを書く予定。